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watoku 日々の気づき

同じものをみて、1気づくか、10気づくか、100気づくか。

即答は、感じがいい

何かのスケジュールを合わせようとした時に、感じのいい人と感じの悪い人の二通りがいます。

今回は、「出欠確認のときに人間が出る」という話です。

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◆幹事になったことのある人が、知っていること


幹事になったことのある人はご承知と思いますが、参加者の出欠確認は最も大変なものです。

参加予定者からの反応は、さまざまです。


「何日までにならないとわからない」
「今のところは予定ないけどもしかしたらムリかも」
「まだ先のことだから決められない」

だいたい、即答で「行く」と言うは、まれです。

ギリギリまで出欠の返事を出さない、そういう人ばかりです。

幹事からすると、結構たいへんな思いです。

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◆「行けたら行く」は、最も感じが悪い


出欠確認で最も感じが悪いのは、「行けたら行く」です。

これは、自分本位を感じます。

「ぜひ参加しようとする気持ち」「主催者側の労力や思いを汲み取ろうとする気持ち」それが、感じられないのです。

「その時にヒマで、気分も乗っているのだったら行こうかな」くらいの感覚です。

主催側からしたら、「なにそれ」です。


要は「気持ち」が問題なのです。


どんな人でも、急にスケジュールが入ることはあります。

仕事が入る、家庭の行事が入る、私用、いろいろある。

本当に、外せない大事な用事があるときの保留は、アリです。

でも、「行けたら行く」というのは、「私の予定にまったくなにも問題なかったら行こうかな」という気持ちが伺える。

そこには、相手の気持ちへの配慮は、ゼロに近いです。

これが、感じ悪い、ということです。

最たるものは、当日までうやむやな返事をしていて、開始直前まで行く行かないの連絡をしていて、開始数時間前に「やっばり行かない」と言う人です。

感じ悪いというより、思いやりがないのです。

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◆「行けたら行く」をすると、単純に損をする。だから、やめた方がいい


「行けたら行く」をする人の、善悪を議論したいのではありません。

「この人は、行けたら行くって言う人だ」と認識されることは損する、と言いたいのです。

損得です。

この「感じ悪いな」という印象は、取り返せません。

「この人は、スケジュール合わせが大変。いつもギリギリなんだよね」そう思われることが、本人にとって最もマイナスなのです。

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◆即答することは、思いやり


行くか行かないか、それを早く言うことです。

出欠を即答する人は、印象がいいです。

本来、本当に参加したいイベントに「保留」は、ありえません。

「何があってもその日は予定を空ける」これが、本当に参加すべき人です。

大好きな人と会う約束に、「まぁ、行けたら行く」はありえません。

本当に行くべきかどうか、実は、返事を出す前に自分の心は答えを知っているのです。

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即答で「行く」といわれると、主催側としては最も嬉しいです。

即答で「欠席」も、潔いです。主催側からしても、やりやすいです。

この、「この人はいいな」という感じ良さの積み重ねが、人間の印象の差です。

付き合いたいか付き合いたくないかの差です。

返事の早さに、人間の差が出るのです。


ではまた今度。
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