仕事や人生で、早く知っておけばよかったこと

同じものから、1気付くか、10気付くか、100気付けるか

面白くない勉強を、する必要はない

じぶんが面白いと思えない勉強なら、しなくていいです。
 
あえて、じぶんが面白いと思えないことに深入りする必要はないのです。
 
なぜなら、「面白くない」と思える勉強内容は、他の誰かがやってくれるからです。
 
自分が「面白くない」と感じることは、それが面白いと感じる人にやって頂けばいい。
 
自分自身は、「面白い」「全然苦にならない」「止まらない」と思えることをやっていけばいいのです。
 
それが、楽しく勉強できる方法です。
 
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◆勉強は、本来とてつもなく楽しいもの
 
「面白い」と思えるものは、人それぞれです。
 
その「面白い」と感じるものは、固有のものです。
 
才能であり、天性であり、
究極、その人の役割です。
 
自分の与えられた役割に沿った勉強は、おそらく「面白い」と感じるようになっているのです。
 
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◆勉強は、つらく、苦しいものではない
 
 
「勉強」という言葉に対するイメージを、ネガティブにしないことです。
 
小学生から高校生までの「ベンキョウ」感を捨てることです。
 
それらは「イヤイヤ」感が漂います。
 
イヤイヤする勉強は、心に残り、人生を彩ることはありません。
 
即、忘れ去ります。
 
勉強とは、そんなものではないのです。
 
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大人になっても、「イヤイヤ」「無理矢理」「強制的」な勉強をする意識を持ちがちです。
 
たとえばこんなふうに。
 
・社会人になったから新聞を毎朝読まないと。時代についていけないし、みんな読んでるし。
 
・役に立つ本を読もう。自己啓発本を月に10冊は読まないと。
 
・英語、会計、金融、海外、社会情勢、、、いろいろ学んでおかないと。
 
…etc
 
それが、楽しいならいいです。
 
でも、もし「みんなやってるから」とか、「とりあえず」とか、「イヤイヤでもガンバらないと」とか思うとしたなら、やめた方がいいです。
 
 
楽しくないから。
 
心に残らないから。
 
実人生で活きてこないから。
 
もっと、勉強を楽しむことです。
 
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◆勉強は、義務ではない。やりたい人が、好きなだけやれるもの。
 
 
勉強は、知らないことを知れることです。
 
自分が知らないことも、他人が知らないことも知れる。
 
これは、楽しいです。
 
自分が今まで知らなかったことを知った世界、他の人が見えていないものを見ることのできる世界は、楽しいです。
 
この楽しさは、権利です。
義務では、まったくありません。
 
視野を広め、人生を彩り、心を豊かにし、ワクワク感を生む。
 
勉強は、それを可能にします。
 
 
ではまた今度。

「自分が自分でいることを許してくれる人」の存在は、あらゆる悩みを解決する

自分が自分でいられる、と思える人がいることは幸せです。

人といるとき変に、無理をしたり、かっこつけたり、我慢したりしなくていい。こんな幸せはありません。

逆に、自分が自分でいられないとつらいです。

あらゆる悩みは、自分が自分でいられないことにあります。



自分が自分でいられて、それが維持できると、自分に自信が持てます。

「自分が自分に落ち着いている」という状態は、
「精神的な安定」と「自信」を保つことにおいて、きわめて大切です。

自分が自分でいられる状態は、それ自体に価値がある。

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無理したり、見栄を張ったり、我慢したり、好きでもない人とたくさん会ったり、自分がダメに思えるような反応をされて自責したり、自分が自分でいることを信じられなくなったりした状態。

これはつらい。

自分が自分でいられないという不快感は、自信を喪失させます。

不安定にもなります。


思ってもないことを言ったり、
やりたくないこともいい顔してやったり、見栄を張って欲しくもないものを買ったり。


そうして、いろんな無理の積み重ねをしていくたびに自信は崩壊します。

自分を好きでなくなるからです。

自分が自分でいられないことは、だから、避けるべきです。

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大切なことは「知り合いの数」ではありません。

自分が自分でいられる人との関係性の有無です。
本当に、つながった関係の有無です。

数に安心感を求めても、きっと安心は得られません。


自分が自分でいられる状態を維持できる関係性を知ったら、
その時点に置いて「数」を求めなくなります。

「知り合いが多い少ない」という議論が、あまり意味のないことだと知れます。

心の充実感や安定感や自信がある状態がどういう時かは、
自分が自分でいられる人といるときの、心の実感を見つめれば明らかです。

悩みの解決は、「自分が自分でいられる人」にあります。



ではまた今度。