余命 3ヶ月の祖母が教えてくれた、3つのこと
祖母が、倒れて入院してから1年ちょっとが経ちました。
倒れてから病院の検査で、内蔵に疾患があることが判明。
倒れた当時は、余命が約3ヶ月と言われていました。
でも、1年以上生きています。
認知症の症状もあり今は、
病院のベッドで寝て起きて話して、という生活です。
死を間近に控えた祖母。
その祖母を見て、3つ、感じること。
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◆美味しく食べる行為は、人間の根本の幸せ
祖母は、病院の味気ない料理はほとんど口にしません。
代わりに、介護をする両親が持ってきた手料理をパクパク食べます。
それから、好物の抹茶プリンもペロリと食べます。
美味しいものは、正直に食べます。
(美味しくないものは、口にしません)
「美味しいものを食べたい」という意識が、
強く存在していることを知りました。
人間、老いても、体の機能が衰えても、記憶ができなくなっても、
「食べる」ことに関しては、衰えないことがわかりました。
そして、ひたむきに、美味しそうに、
食べる祖母の姿はなにより幸せそうなのです。
『食べること・味わうことは、人間になくてはならない大切なものなんだ』
体の衰えた祖母を見て、改めて思い知る次第です。
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◆思い出は、消えない
認知症になると、身近な親族の名前すらわからなくなります。
孫(ぼく)の名前も、わからない。
さらに進んで最近は、祖母の子供(ぼくの母親)も、一瞬わからなくなります。
でも、昔の思い出について聞くと、
祖母はまざまざと、昔の記憶を思い出すことがあるのです。
生まれ育った時期の家族のこと
学生時代の10代の頃のこと、
20代当時の仕事のこと、
昔の苦労話や思い出ばなし等。
そこまで鮮明に覚えているのかと思うほど、
祖母は昔のことを覚えているのです。
認知症でも、鮮やかな記憶がよみがえることを知りました。
また、思い出ばなしをする時の祖母の姿は、
気のせいか、生き生きしてきます。
思い出は、人間に最後まで残る財産なのだと知りました。
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◆周りに与えたものが、じぶんに返ってくる
そして、祖母を見て気付いた、
最も大切な点が「与えたものが返ってくる」というもの。
もう、この言葉はありふれていて、どこにでも出回っていて、当たり前なことです。
でも、『本当のことだなぁ』と、余命間近の祖母を見て深く実感しています。
祖母は、愚痴ることがなかった。
人を悪く言うことも。
邪悪さ、猜疑心、ずるさ、だます心、それがなかった。
いつも優しくて、親切で、天真爛漫で、隔てのない人だった。
だから、周りにいつも、人がいました。
好かれる。
親切にされる。
気にかけてもらえる。
祖母は、そういう人です。
祖母の周りに集まるもの・人が
生き方そのものを表していました。
良い生き方をした結果がそのまま、
返ってきているんだなと素直に実感しています。
ぼく自身、祖母にいつもお世話になってきました。
祖母には、良い思いしか浮かばないです。
『人生のバランスは全部、帳尻が合うんだな』と思う次第です。
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あと少しで命が終わるとしたら。
祖母と同じくらいの、リアルな実感を持って言うことなんて、まだ到底できません。
でも、「人生で大切なことはなにか」は、少し見えました。
ではまた今度。