仕事や人生で、早く知っておけばよかったこと

同じものから、1気付くか、10気付くか、100気付けるか

「楽しい仕事」なんて、見つようとしてはいけない

「楽しめる仕事がしたい」という考え方は、

捉え方を間違えると永遠に見つかりません。
 
仕事をやる前から「好きなもの」「楽しいもの」を見つけようとすると、
なかなか見つからないのです。
 
その理由は、
「楽しい」と感じることができるのは、
それをやったあとだからです。
 
やる前は、
実際にはわからないのです。
 
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◆仕事に集中しているときは、楽しいなんて感じる暇もない
 
忙しくしている時、
その仕事を「楽しい」なんて考える暇もありません。
 
没頭している時、
何も感じないのです。
 
感じる暇もないくらい、
仕事に集中しているからです。
 
 
そして、仕事を終えてから。
 
振り返ってみると、
なんだか楽しかったと思えるのです。
 
楽しさはいつも、
後払いです。
 
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◆忙しいときのほうが、楽しい
 
たとえば飲食店でバイトをしたとこがある人は、
暇なときと忙しいときの実感を思い出すとわかります。
 
暇なとき、ものすごく疲れるのです。
 
逆に、忙しいとき、走り回っているとき、やることが山のようにあるとき、
そのときの方が楽しめます。
 
なぜか、手際が良くなったり、テンションが高くなったりします。
 
言い換えると、生き生きしてきます。
 
これが、楽しさの一つの形です。
 
 
要は、暇なときはつらいのです。
やることがあるときほど元気が出るのです。
 
 
「楽しい仕事」を先に求めるのは、
考え方がちょっと違う気がするのです。
 
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◆自分の力が最も発揮できるとき、人は元気になる
 
人間が幸せになる方法の最たるものは、
「自分は何かに役立っている」と実感できることです。
 
逆に、つらい理由の最たるものは、
「自分って何の役にも立っていない」と感じることです。
 
 
解決策は、
「役に立てる場所を作る」ことです。
 
そこに、楽しさはあります。
 
本質的な幸せがあります。
 
もし、いま楽しくないならば、
「楽しさ」を求めるよりも、
「役に立てる場所」「役に立てる方法」を
自分の中で見つけることです。
 
 
場所は、どこでも良い。
方法は、なんでも良い。
 
楽しさはたぶん、自分の中にしかないのです。
 
 
ではまた今度。 

理解者がいない時は、正しいことをしている

周りから理解されることを求めても、

いい結果にはつながりません。
 
 
なぜなら、自分以外の人は、自分自身の事情を知らないからです。
 
奥深くにいる自分を、いちばん知っているのは自分自身だけです。
 
自分自身の事情や思いは、他人に理解されるようなものではありません。
 
 
◆理解される人生を選ぶ習慣が、みんな染み付いている
 
 
小学校に入学してから99%の人は、
「理解されることは良い」という思いを刷り込まれる。
 
 
 
人気者になる、
いい成績を取る、
先生から褒められる、
まわりから嫌われないようにする。
 
 
そういう思いが無意識に習慣付けられている。
 
 
(「教育」が原因の大部分)
 
 
だから、常に周りの目を気にするようになります。
 
 
 
 
もし、理解されなかったり、学校や周りから求められる期待に応えられなかったりしたら、肩身の狭い思いをしなければならなかったりする。
 
身近な親も先生も、「いい子」を期待してくる。
友達からも、「嫌われないように」しなければならない。
 
 
でも、そんな「いい子」の基準を常に満たすのは簡単ではありません。
 
 
そうなると、、、
 
 
『自分って、なんてダメなヤツだ』
『自分は、能力もなくて何もできない、価値のない人間かも』
『こんなに理解されないのなら、じぶん終わってるのかな』
 
などと、だんだん自分に自信がなくなっていきます。
 
 
自分自身を否定してしまう。
 
 
理解されないという現実を前に、打ちひしがれてしまうのです。
 
 
だから無意識に、なんとしても「人から理解されよう」とする習慣が染み付いてしまう。
 
 
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◆偉人の中で、『誰からも理解された人』なんて、一人もいない
 
 
ここで知っておいて欲しいことが一つ。
 
世の中の現実として、後代に名を残す人・成功した人・天才と呼ばれるような人たちには共通点があります。
 
 
それは、「周りから理解されない時期があった」という点。
 
 
具体的な1つの例に、手塚治虫さん。
 
言わずと知れた偉大な漫画家です。
 
 
手塚さんは、子供の頃からずっと、ひとりで漫画を描き続けていました。
 
漫画ばかり描き続けていたある日、先生に怒られます。
 
『そんな漫画ばかり書くな』と。
 
先生には、理解されなかったのです。
 
 
そんな手塚さんを救ったのは、母親でした。
 
母親は、手塚治虫の描く絵の全てを「すごいね。上手」といって褒め続けました。
 
学校や世間、周りの人は『漫画を描く手塚治虫』を理解できなかった。
 
しかし、母親は手塚治虫さんの全てを、心から応援していました。
 
手塚さんは、母親のおかげで、漫画を描き続けることができたのです。 
 
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本当の理解者とは、そういうものです。
 
1人いれば御の字です。
 
数は、あまり関係ないのです。
 
 
まず、周りの一般人になんて、自分のことはわかりっこない。
 
それが、当たり前だと知っておくことです。
 
 
それなのに、『おまえ、サボってないで数学の勉強しろ』と言わて、大半の人は理解されようとして周りに理解される道を選びます。
 
 
もったいない。
 
 
 
自分の中にある、周りの人に理解されないところ、そこに本当の価値があります。
 
 
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◆理解者がいないときは、正しいことをしている。
 
 
まず、理解を求めることをしないことです。
 
 
また、理解されないことに対して、
がっかりすることも必要ないです。
 
 
周りの人が「理解できること」は、その人の狭い世界の中での基準です。
 
 
『お前、起業するなんてやめとけ。絶対無理だから』
 
こういう人は、起業したことがない人です。
 
やったことがない人、その世界を知らない人は、自分自身の基準でものを言います。
 
これを、一般的に『理解されない』というのです。
 
 
言い方を変えると、『理解ができない』のです。
 
 
成功者の歩む道・その世界を、
その道を知らない人が理解できるはずがないのです。
 
 
 
『理解されない』ことは、当たり前です。
 
 
 
ほぼ、社会と世間での常識です。
 
 
このことに、早く気づいた気付いた人の勝ちです。
 
 
理解者がいないとき、
そして自分の心が納得しているとき、
それは、正しいことをしているのです。 
 
 
ではまた今度。 
 
 
 

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コミュニケーションが増えると、離職率が低下する

職場において、
コミュニケーションの量がいかに大事かを感じます。
 
おおよそ、離職する人の傾向として、
コミュニケーションがうまくいかなくなったことが原因であるようです。
 
言い換えると、
コミュニケーションが無いためにその場にいることができなくなるのです。
 
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◆人と会話が無いことはつらい
 
仕事をする中で、
人と何気ない会話をやり取りすることは大事です。
 
もし、会社にいて周りの人と会話が無かったら、
結構つらいです。
 
会話が無いと、
その場にいることが肯定できないからです。
 
言い換えると、
所属感がないとつらいのです。
 
その場にいても、
誰とも関わり合えていない感じ。
 
おそらくここに、人間のつらさを感じます。
 
会話が無いことは、
結構しんどいのです。
 
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◆なんでもいいから話しかけることの大切さ
 
逆に言うと、
なんでも良いから会話があると明るくなれます。
 
『周りの人と、この場にいる人と、コミュニケーションが取れている』
 
これは、その場にいる意義となります。
 
人との関わり合いがあることは、
所属感を満たすという人間の重要なところを満たします。
 
要は、なんでもいいから話しかけることが重要なのです。
 
自他ともに、話題の中身に関係なく、
とにかく会話することで、お互いが明るくなります。
 
これが、会社やサークルに置ける組織ではとっても大事です。
 
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◆中身はどうでも良い。話をしよう
 
いい話なんて必要ありません。
 
ためになる話、気の聞いた話、そんなものいりません。
 
ただ、なんでもいいから、話す。
 
言葉を交わす。
 
コミュニケートする。
 
それだけで、
チームは活性化します。
 
その場から離れたくなくなります。
 
コミュニケーションをバカにしてはいけないのです。
 
 
ではまた今度。 

他人の目を気にしても、相手は関心なんて持っていない

いままで会社に数年いた中で、
様々な人が離職していきました。
 
その中で感じた一つのこと。
 
それは、離職する人に対して、
残る人は淡白だな(無関心だな)ということです。
 
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◆辞める人に対して、周りはそんなに関心を持っていない
 
会社を辞めることは、
当の本人にとっては結構大きな決断です。
 
いろんなことを考えた結果、
離職という道になった人がほとんどです。
 
一方で、
そのまま残っている人(送り出す側)は淡白です。
 
そんなに、
気にしていません。
 
離職する直前は少しだけ気にかけてはいます。
でも、翌日にはほぼ普通の日常です。
 
離れた人に対して、
そんなになにも思っていません。
 
いままで会社にいて思ったのは、
この温度差が常にあったことです。
 
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◆人は、そんなに他人に関心を持っていない
 
「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」だという言葉があります。
 
言い換えると、
好きとか嫌いとかいう感情を持つ以前に、
関心すら持っていないのです。
 
これが、会社とか組織の現実です。
 
いつも、組織の中で、
その人と一緒にいる時間は長い。
 
でも実は、関心は持っていない。
 
一緒にいる時間が長くても、
つながっていなければ「その場だけ」です。
 
だから、自分がどのみちに行こうとも、
気にしなくて良いのです。
 
 
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◆人間に期待しすぎない方がいい
 
いつも一緒にいる、
長い時間を過ごしている、
仲が良い、
世話をしてくれている。
 
そういう人が会社やサークルにいたとして。
 
その人が、いざ困った時に何かをしてくれるのかどうか考えてみることです。
 
困った時に、
淡白に他人事のように振舞われるかもしれません。
 
 
自分を守ってくれていると思っているものが、
本当に助けてくれるものかどうか真剣に考えるてみることです。
 
 
言いたいことは2点。
 
・人に大きな期待をしてはいけない
・人は他人のことに関心を持っていない
 
 
他人に期待しても、相手は自分を守ってはくれません。
他人の目を気にしても、相手は何も思っていません。
 
自他ともに、です。
 
これは、冷たいことを言っているのではありません。
現実を言っているだけです。
 
 
もし自分が離れる側の立場だとしたら。
 
自分自身を肯定し、
自分がやるべきことに集中し、
自分やっていることを信じていればいいのです。
 
 
 
ではまた今度。 

疑うのは、真実を知らないから

「疑う」という行為のコストを考えた方がいいです。
 
「疑う」ことで得るセキュリティよりも、
「疑う」ことで失うチャンスの方が大きいからです。
 
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◆素直であれば道が開く
 
「ネットで10万円稼げる!」という言葉を見たとします。
 
その時に反射的に、
「そんなわけない」「むりむり」と思う人と、
「そうなの?どうやって」と思う人がいたとします。
 
前者は、そこで終わりです。
疑って、シャットアウトして、終わりです。
 
後者は、方法を知ろうとします。
本当かどうかを、調べます。
もっといけば、少しずつ実際にやってみます。
 
その過程で、勉強し、実践し、気付き、経験を得ていきます。
 
この、2者の差が、人生における差です。
 
〜〜〜
◆疑うか、受け入れてみるか
 
「むりむり」と反射的に疑うのはクセです。
 
思考グセです。
 
根本は、
「真実を知るのがめんどくさいから疑ってシャットアウトしておく」です。
 
要は、疑えばラクなのです。
 
ある種の自己防衛策です。
 
〜〜〜
素直な人は、まず、受け入れます。
 
まだ、本当かどうかわからない段階で、見極めるのは実際にはムリだからです。
 
受け入れてみて、いままで知らなかった世界を見て、なにかがわかります。
 
場合によっては、新しいチャンスをつかみます。
 
その機会が訪れるのは「素直」だからです。
 
 
〜〜〜〜〜〜
◆チャンスは多い方がいい
 
人生におけるチャンスが10回の人と100回の人では、
100回の人の方がお得です。
 
いいことが起きる機会が多いのはお得に決まっています。
 
 
「どうせウソに違いない」
「あの人は嫌な人に違いない」
「本なんて意味ないから読まない」
「自分があの人と付き合うなんてムリだ」
「会社を辞めて自分で稼ぐなんてムリだ」
 
なにかを見た時、知った時、やる時、
疑わないだけでどれだけチャンスが増えるか考えてみた方がいいと思う。
 
 
ではまた今度。 

礼儀正しすぎると、切ない

あるカフェでサンドイッチセット(お店ではAセットという)を頼みました。

 
先にドリンクをレジで受け取り、
サンドイッチはできてから、呼ばれて受け取るという流れです。
 
カウンターでサンドイッチができるのを待っていました。
 
待っていたのは自分ひとりです。
距離は2メートルほど近くで目の前です。
周りには誰もいません。
 
 
その距離で店員さんがサンドイッチを手に持って
「店内でAセットご注文のお客さま〜!」と大声で言いました。
 
 
自分は目の前にいましたが、
『この距離で、その声で、マニュアル通りの言葉使うの』と思いました。
 
自分ひとりで周りは誰もいませんでした。
頼んだ人が自分であることは明らかです。
 
それでも、マニュアル通り、礼儀正しくそのままの対応なのです。
 
〜〜〜〜〜
 
飲食店で切ないのは、
相手が非人間的だと感じたときです。
 
さっきのシチュエーションだったら、
「お客さま、こちらできましたよ」と小声で言って欲しいです。
 
普通の日常のやり取りでいいのです。
 
それなのに、「店内でAセットご注文の〜」は非人間的で切ないです。
 
もっと、普通でいいのです。
 
 
同じチェーン店でも、
従業員によって「人間的な人」と「非人間的な人」がいます。
 
どんなに全国チェーンでマニュアルが徹底されていたとしても、
やり取りは普通でいればいいのです。
 
スターバックスコーヒーの接客サービスなんて、
ほぼスタッフ個人にお任せです。
 
その方が温かいし嬉しいです。
 
 
礼儀正しいことは、
ときに冷たくなるのです。
 
 
ではまた今度。 

「わかってほしい」と思うのは、その相手が大切な人だから

自分にとって大切な人に対して、
ときに苛立ったり、モヤモヤしたりします。
 
『こんなに近しいのに、なんでわからないんだろう』
『これが伝わらないのか。なんでなんだろう』
 
近しいから、わかってくれると思っていた。
 
でも、そうはいかなかった。
 
この時、切ない。
 
そしてこの切ない気持ちは、
相手が近しい人であるほど大きいです。
 
〜〜〜〜〜〜
◆切ない気持ちは、大切な人にしか持てないもの
 
自分の思いや状況をわかってもらいたい気持ち。
それは、相手が「わかってほしい人」の時にしか持ち得ません。
 
なぜなら「どうでもいい人」には、
わかってほしいなんて思わないからです。
 
どうでもいい人に、
自分の思いなんて伝わらなくてもダメージはありません。
 
 
ところが、大切な人は違います。
 
大切な人には、
わかってほしい。
思いを汲み取ってほしい。
 
なぜなら、
大切な人との間には、
「理解」を求めるからです。
 
〜〜〜
 
『すごいね』
『大変だったね』
『頑張ったじゃん』
『そういうふうに思ってたんだね』
 
そう言われただけで、
なぜか嬉しく感じます。
 
それは、相手から理解されたからです。
 
大切な人には、
理解して欲しいのです。
 
 
逆に言うと、
大切な人から理解されないのは切ない。
 
大切な人だから、理解されたい思いを持てるのです。
 
〜〜〜〜〜〜
◆相手の様子を感じよう
 
 
もし、相手がいつもと様子が違ったら。
 
なにか、言いたげだけど我慢しているようだったら。
 
 
相手は、自分を大切な人だと思っているのです。
 
 
ではまた今度。 

素直の力

「ありえない」

「自分には無理だろう」

「今までできなかったし」
 
自分の可能性を制限しているのは、
たぶん自分です。
 
今までの人生の中で知らぬうちに
「思い込み」「ルール」「世間体」「文化」がとことん染み付いています。
 
だから、なにかを見たり、聞いたり、知ったりした時に
「でも」
「むりむり」
「ありえない」
「なんか言ってるよ」
と反応します。
 
新しいものに対して、
受け入れる前に、自分に染み付いた考えや常識が邪魔をする。
 
ほとんどの可能性が、そこでストップしてしまっています。
 
〜〜〜〜〜〜
◆素直は、得をする
 
 
可能性は、素直が作ります。
 
せっかく良いことを知ったのに、「そんなのあり得ない」といったら損です。
 
素直でないことのデメリットは、損することです。
 
ただ、損するのです。
 
良いことは世の中にたくさんあるけれど、それを「どうかね」「あり得ない」とかいったらもったいなさすぎます。
 
〜〜〜〜〜〜
◆なんでも、あり
 
 
狭い世界から抜け出す、
一つのキーワードは「素直」です。
 
要は、受け容れれば、世界は広がり続けるのです。
 
 
自分自身を、アタマの中の基準に当てはめていって
「どうかね」「ムリムリ」「あり得ない」と思うのは、本当にもったいない。
 
 
思い込みが染み付いていることが、損をする原因です。
 
 
 
ではまた今度。